いままでのあらすじ

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みなさま、はじめまして!
合同会社アルケー代表の大村と申します。
以後お見知りおきくださいませm(_ _)m

さて、弊社は2017年1月4日に設立した会社で(法務局の開庁時間とほぼ同時に書類を提出したので、理論上は2017年に全国で最初にできた会社です笑)、代表は当時29歳でした。

まずは初回ということで、そんな若造がなんで会社なんて作ることになったのか、そこにいたるまでのあらすじをつらつらと書いてみます。

※社名の由来や簡単なプロフィールについてはこちらをごらんください。

◎ひきこもりの大学生活後半

僕は北海道の出身なのですが、高校をでてすぐ奈良県で一人暮らしをはじめ、遺跡発掘作業員として働きながら勉強して翌年に筑波大学に入学しました。

こちらのページに詳しく書いてありますw

発掘作業員をしていたくらいですから、将来研究員になるつもりで入学したのですが、諸々の事情により大学2年の終わりからひきこもることになります。…まぁよくある人間関係のこじれってやつです。あと親が無職になったり。

ひきこもったとはいえ生活のためバイトはしてましたが、学校にはほとんどいかなくなり、それでも前半で稼いだ単位のおかげでとりあえず卒業はできる状態ではあったのですが…

卒業式の直前、あの2011年3月11日。

自分自身が壊滅的な被害を被ったわけではないのですが、だからこそあの災禍を目の当たりにして、いままでもなんでもできる状態にあったのに何故なにもやらずに過ごしてきてしまったのかと、後悔の念にかられました。

明日どうなるかわからない、いい大学を卒業していい会社に就職しても会社自体がなくなってしまえば意味がない…だったらいまやりたいことをやるべきだと、そんなことを思うようになりました。

そして、大学2年生のころから富士山の登山ガイドをやっていたので、毎年夏は富士山にいきたいと思っていましたが、夏の2ヶ月間休みくれる会社もないしな…とあきらめていましたが、

そんなのもったいない!→じゃあ自分で会社作ろ。

となったわけです笑。

◎東京進出

というわけでノープランでとりあえず東京にでてきて、最初は上◯公園でダンボールの家で生活しながら、たまたま知り合った男4人でルームシェアして暮らし、「雇われずに収入をつくる方法」を模索することになります。…なんか怪しい話になってきましたね笑

路上で通行人に果物を売ってみたり、
居酒屋のキャッチをやってみたり、
不動産の営業マンをやってみたり、
N◯T回線の営業をやってみたり、
ホームページ制作を代行したり、
ネットでの集客をお手伝いしたり…

「個人事業主」といういままで知らないステータスを身につけ、なんとか生活していけるようになり、その間に出会った人たちに「経営者」という生き方を教えていただきました。

◎世の中自分のやりたいことをやりながらでも生きていけるということを伝えたい

大学のときに一生懸命就活して、やっとの思いで就職が決まり、本気で喜んで、希望をもって社会にでていったのに、2・3年でフェードアウトし、社会に絶望しか抱かなくなった…という人が僕のまわりにも何人もいます。

僕自身も大学後半は世の中や自分の人生に対して何の希望も期待ももっていませんでした。

でもそんなものは狭い世界での偏見にすぎず、ちょっと視点をかえて勇気をもてば、だれでも自分の望む人生が送れるのだということを伝えたい。その指標に自分がなりたい。

そのために僕は経営者になりました。

なんともうれしいことに、僕のところに話をききにきて、実際に行動を起こし、大きな成功をおさめている後輩も何人もいます。自分が結果をだすよりも、僕がかかわったことでその人の人生がより良いものになってくれることのほうが何千倍もうれしいものです。

やりたいことがあるけど迷っている、どうすればいいかわからない…そんな方はぜひ一度僕のところに話にきてください!いつでも歓迎しますよ(^^)

以上、自分としてはかなり簡潔な、いままでのあらすじでした!

少しでも興味をもっていただければうれしいです。

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